Zero-Alpha/永澤 護のブログ

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B

下町



いつもの公園を抜けて、ふと、俺は舗道に立ち止まった。雨上がりの朝。透き通った爽やかさが、雨に濡れた舗道の寂しさを静かに湛えている。その時、確かに俺は、そこに佇んでいた。そこには、誰かが立っているような気がした。誰かだって? 俺は、呼び止めようとしたんだ。その時、確かに俺は……。俺の眼の前に佇んでいるこの俺の顔が、この俺の眼の前でぐにゃりと歪み、ゆっくりと溶けて、どろっと、崩れ落ちていった。音もなく。その時俺は、俺自身に穿たれた空ろな穴から流れ落ちる何だか分からないモノを眺めながら、不意に思い起こしていた。ああ、ついこの間も、何故か点けっぱなしのTVで見たな。あの******の顔は、すっぽりと、刳り貫かれたみたいだったが、この俺の場合は、こうか。いやだな。まったく。これから、一体どうするんだよ、お前は。どこへ行く? どこでどうする? もう、どこにも帰れねえ。……俺じゃないんだよ、俺じゃ! なんで、俺しか居ないんだよ。ここには。俺じゃない誰かがやったはずなのに。俺がやったんじゃない。俺はやられたんだよ。嘘じゃない、この顔を見てくれ、酷いだろ、どろどろに溶けて、もう無くなっちまってるよ。やられたんだ、やられたのは、この俺なんだ。俺がやったんじゃない。やられたこの俺が、この俺をやるわけないじゃないか。俺の顔は、いや、俺自身が、もうやられて無いっていうのに。いいか、俺はもうやられちまってるんだ。身体中溶けて無くなってるよ。それなのに、一体なんで、ここには俺しか居ない? ここは、どこだ? 一体この部屋は……。「この私」が何の証明になるって言うんだ? お前は、「この私」は、ついさっき、もう溶けて無くなっちまったんだよ。そう、もちろん、お前はやられたんだ。そう、認めるよ、お前の言うことを。心から。確かに、お前はやられたんだ。この俺たちに。俺たちは、一部始終を見ていたよ。お前の、一部始終を。俺たちが、お前の証人だ。唯一のな。つまり、お前のことだよ。お前がその、唯一の証人なんだ。お前自身の。だから、お前には、もう希望はない。だからこそ、俺たちがお前に救いの手を差しの延べるんじゃないか。生まれ変わったお前を、俺たちの、この手で造り上げることによって。……そうだ、俺は、もうすっかり溶けちまったロウ人形に過ぎないんだ。もう無いんだよ、全然。分かったか? お前は、もう無いんだ。無実を証明しようにも、もうどうしようもないんだよ! 何故かって? お前はいつも、何を喋ろうにも「しどろもどろ」で、つまりは、もうマトモじゃないからだ。最後の砦を失っているんだよ、お前は! 「記憶」どころの話じゃないんだ! だからお前は、すっかり溶けちまったロウ人形に過ぎない。それ以上の、何ものでもないのだ。――何も驚くことはない。嘆くことも。そう、誰だってそうさ。お前だって知らないわけではあるまい。それに失敗して滅びていった、あの多くの者たちのことを。そこには、お前の愛する者さえいた筈だ! 勿論、お前自身もだ。何をお前が考え、つぶや呟き、他人に喋ろうと、もはや誰一人、手を差し延べない……。
――そう、そうとも。お前は罠に落ちた。多分あの家の、廊下右手奥にある、あの部屋で。丁度、カラ―タイマ―を付け忘れてやって来た(笑い)、あのバカな、季節はず外れのウルトラマンみたいに。あ、そうそう、あの空き家、『ウルトラマンハウス』って呼ばれてたよな。皆言ってるぜ、「ヘヘ、おっかねえなあ、一体何なんだよ、それ」って……。
(「ほら、あそこんちの、あの人よ! あの人って……もしかして、いやだ! ほんとに、こ
の私のこと? そうそう、そうなのよ、まだ赤ちゃんの時から、ずうっと同じTVばっか
り見てて/見せられてね、それで頭おかしくなっちゃって、それに「ああいうこと」が続
いて、一度お風呂にでも入った時にす素っ裸にして見てご覧なさいよ、ふふ……もうカラダも滅茶苦茶なんだけど、そう、そうなのよ、実を言うとね、あれ、何故だかまだあの家に居るのよ、あの家に、でね、その家ったら、実はあそこなのよ、あそこ、あそこだっていうんだからおどろ愕くじゃない、皆知ってるわよ、そう、そうなのよ、ここなのよ、ここ」)
――え? そうなのかって? まあ、そうあせ焦らないでくれ。例えば、あくまで例えばだよ。で、それって、誰によって盗み取られた、誰の告白だっけ?
――勿論、誰でもないさ。そう、誰でもいいんだ、この噂と沈黙の街では。とにかくもう、時間が無い。
――やべえ! この時計、もうぶっ壊れてるぜ。
――で、もしかして俺ぎりぎりセ―フ? 消される前に?
――……いや、未だだ……(後ろを見てみろよ、変な連中が、さっきからお前をじっと見詰めている……)その時、お前が……いや、正直に言おう、それは私かも知れない……つまり、誰もがそうなり得るのだが……その恐るべき、信じ難い何かを演じた者にした仕立て上げられるのだ……
(遂ににキレちまった「やつら」の喚き声。ケ、今更何びびってんだ、こいつら)
――げ、裏切る気かよ! マジかよ、これって。よお、嘘だろ! ……あいつが俺たち皆に
消されてからよお、もう時間がねえんだよ、なあ、時間がよ! そうだろ? ヘヘ。だろ?
ヘヘヘ……俺、もうやだよ、早いとこ、こっから出してくれよォ、ヒヒ、ちっきしょう!
なんで誰もいねえんだよ! あいつどこに逃げやがったんだよォ、誰か教えてくれよゥ……

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